芸術祭のメインフィールドは「潟」。

新潟市には、「潟」と呼ばれる大小さまざまな湖沼があります。これらは、大河が運ぶ水と土が流れ込む低地と、海と風がつくり上げた砂丘地という、新潟の地名は「潟」に由来する、ともいわれているほど、新潟を語るにおいて欠かせない存在です。本芸術祭をきっかけに、新潟市のゆたかさの始まりでもあり、水と土の象徴である「潟」に、目を向けてみてください。

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国の天然記念物オオヒシクイの日本一の越冬地で、他にもマガン、白鳥などの水鳥が飛来します。また、全国で70ヵ所程しか生息が確認されていないオニバスがあり、春になると潟を囲むように菜の花が一面を覆い尽くします。地域との関わりも密接で、ヨシ焼きなどの伝統的な取り組みも行われています。

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都市部の中心に位置する鳥屋野潟。街中に残っている潟は、全国的にも珍しい存在です。冬には白鳥がたくさん飛来します。隣接する県立鳥屋野潟公園は多くの人が訪れ、春は桜の花見、夏はスポーツやレクリエーションなど広く市民に利用されています。

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佐潟は、角田山が一望できる日本海の近くに位置しています。河川の流入がない湧水湖で、白鳥をはじめ多くの水鳥が飛来するほか、ミズアオイといった希少な植物の生育も確認されています。水鳥の飛来地として、国際的に重要な湿地であることから、ラムサール条約に登録されています。

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洪水調整池を兼ねた潟を中心に、自然と調和した公園となっています。広大な公園内には、ログハウス、バーベキュー広場、遊具などのほか、遊歩道や木道、広い芝生地も整備されています。春には桜や菜の花、秋にはコスモスなどの花々が楽しめ、ピクニックやハイキングなどで一日ゆっくりと過ごすことができるのが魅力です。

「潟」について|大熊 孝 シンポジウムディレクターからのメッセージ

 越後平野にはかつて潟が無数にあった。そして、そのほとんどが海と繋がり、多くの生物が海と潟とを行き来して、それが潟端に住む人の生活を支えていた。「舟一艘あれば生きていけた」とまでいわれ、いわば「里潟」として存在していた。しかし、現在では「水との闘い」に勝利し過ぎて、ほとんどの潟が消滅してしまった。その中で奇跡的に福島潟、鳥屋野潟、佐潟、上堰潟などごく少数の潟がかろうじて残された。そこには白鳥やヒシクイが飛来し、周辺の水田を餌場として、これらの水面を上空から自由に使いこなしている。しかし、人はこれらの潟とはすっかり疎遠となり、心は虚ろになってしまっている。
 「水と土の芸術祭」の基本理念は「私たちはどこから来て、どこへ行くのか~新潟の水と土から、過去と現在(いま)を見つめ、未来を考える~」である。我われ自身が自然の一部であることを再認識し、これらの潟を「里潟」として復活することが求められていると考えている。

水と土の芸術祭2015 シンポジウムディレクター|大熊 孝 TAKASHI OKUMA
1942年台北生まれ、千葉育ち、新潟市在住。
東大工学部土木卒、工学博士、新潟大学名誉教授、水の駅・ビュー福島潟名誉館長。専門は河川工学、土木史。自然と人の関係がどうあればいいかを、川を通して研究しており、川の自然環境を守るとともに、治水・利水のあり方を住民の立場を尊重しながら考察している。著書に、『利根川治水の変遷と水害』、『洪水と治水の河川史』、『川がつくった川・人がつくった川』、『技術にも自治がある?治水技術の伝統と近代?』、『社会的共通資本としての川』(編著)などがある。「阿賀に生きる」製作委員会代表。

新潟市 潟のデジタル博物館|NIIGATA City Wetland Digital Musium